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2/01/2009

ピンポイント爆撃の虚像

Cross-A

我々、一般日本人にはあまり身近には感じられない戦争。今、この時間にも、その空から降ってくる恐怖に苛まれながら布団に入る子供達。それと平行しながら、航空ショーに群がる哀れな私達。特攻隊を美学とする私達。中東の自爆テロには今や「身障者」が使われているという。
世も末だ。
何故、戦争が行われるのか。犠牲は、いつも名も無き兵士。武器も持たない女子供。そしてそこに残るのは。
「こんな国に生まれなければ・・・・。」と思う民衆。しかしながら、「彼ら」がいたから今の自分がいる。
今まで、私もいざとなれば武力もありと思っていたし戦闘行為に対する、ナショナリズムの肯定性を美学と感じていた。自分の国を守る事。そしてその行為自体正当化されつつある、日本のおかれている現状。
でも、それは戦争の悲劇を知らないから、初めて言える事なのではと思いつつあります。
日本も核を持つべきか?
持ったらどう変わるのか?
イージス艦は何のために航行するのか?

北に打つため?
中に打つため?
核が無いから、国益を考えた外交も出来ない?

・・・・・違う。

日本には今現在、国益を考えた外交は皆無である。











1/04/2009

さらっと本気で行こうかな。

何事にも中途半端で生きてきた約半世紀。
申し訳ありませんが、ここでは全力を尽くします。
興味本位のブログにはしたくありません。
反面教師な視点で見てもらっても構いません。
材料は所詮『youtube』の引用。自分の意見は、あまりありません。

ただ、これだけは絶対に言いたい事があります。

『国家の為に死ぬ事の悲しさ。』
『公の為に私がある幻想。』
『公と、本当の家族を守るという「人間の弱さ」を同化させてしまった、戦争論者。』

私にとって、小林よしのり氏は崇拝者であり憧れであり、絶対的な者だった。
私の知識の未熟があるかもしれませんが
もはや、彼の書物には手も触れなくなってしまった。

満州に行った叔父に『戦争論』の話をし、それだけで夜を明かした数年前。
86歳のお爺さんが朝まで付き合ってくれるとは思いませんでした。

もういいじゃないですか。
戦争責任。謝罪。満州事変のきっかけ。侵略の正当性。南京の死者数・・・・。

戦争に善も悪も無い。

今、私にはこれしか言えない。